月
20
12月
2010
【特集:今年のベスト本】『どろんころんど』
振り返ってみると今年は「アリス」が元気な年でした。ティム・バートン監督による映画『アリス・イン・ワンダーランド』の公開は記憶に新しいです。さらに角川つばさ文庫では、新訳版『ふしぎの国のアリス』『かがみの国のアリス』が刊行されました。つばさ文庫版アリスは、河合祥一郎が原著の言葉遊びを日本語に巧みに取り込み、okamaがかわいらしいイラストで物語に華を添えた、非常に楽しい本になっています。
そんな中、和製アリスの決定版ともいうべき作品が登場しました。福音館書店のSFレーベル「ボクラノSF」初の書き下ろし作品として発表された『どろんころんど』です。今年の日本SF大賞の候補にもなり、高い評価を受けています。
物語の内容は「アリス・イン・どろんこワールド」です。この作品の「アリス」は、少女型のロボットです。彼女の使命はカメ型の子守りロボット(レプリカのカメで「レプリカメ」)の万年1号の宣伝ショーをすることでした。ところが長い休止モードから目覚めた彼女が外に出てみると、なぜか人間はどこにもおらず、世界は泥の海になっていました。人間がいないことにはアリスは自分の使命を果たすことができません。アリスは人間を探すため、万年1号とともに泥だらけの世界で冒険を繰り広げます。
どろんこワールドでどんな奇想天外な冒険が展開されるかについては、読んでのお楽しみということで詳しくは語りません。しかし、早くも10年代を代表するSF児童文学の傑作が登場したということだけは断言できます。
(yamada5)
『どろんころんど』
北野勇作・作 鈴木志保・画(福音館書店)2010年8月
火
06
7月
2010
5分でわかるアリエッティ——『小人の冒険シリーズ』入門
「借り暮らし」ってなに?
鉛筆や裁縫用の針のような、ちょっとしたものがなくなってしまうことはありませんか?それは床下で暮らしている小人が持って行ったのかもしれません。「借り暮らし」とは、床下に住み人間のものを黙って拝借して生活している小人のことです。
『小人の冒険シリーズ』ってなに?
『小人の冒険シリーズ』は、借り暮らしの少女アリエッティを主人公としたイギリスの児童文学です。シリーズは全5巻です。
『床下の小人たち』(1952年)
『野に出た小人たち』(1955年)
『川をくだる小人たち』(1959年)
『空をとぶ小人たち』(1961年)
『小人たちの新しい家』(1982年)
作者のメアリー・ノートン(1903-1992)はロンドン生まれの作家です。『床下の小人たち』でイギリスの代表的な児童文学賞であるカーネギー賞を受賞しています。
借り暮らしは人間に見つからないようにひっそりと生きてかなくてはなりません。しかし主人公のアリエッティは好奇心旺盛で奔放な性格で、人間と接触したり危険な行動を繰り返してしまいます。そのためアリエッティの一家は住んでいる家から出なければならない羽目に陥ります。シリーズでは主にこの脱出劇が語られています。
シリーズのみどころは?
シリーズのみどころはふたつあります。
ひとつは冒険小説としてのおもしろさです。脱出劇が物語の軸なのですが、手を変え品を変えいろんなシチュエーションを楽しませてくれます。たとえば、下水道を通っての脱出劇、やかんを使った川下り。さらには、小人たちの手で気球をこしらえて、空の旅まで実現してしまいます。
メアリー・ノートンは細部にこだわった緻密な描写で、こうしたスリリングな冒険を臨場感たっぷりに盛り上げています。冒険小説としてのおもしろさは特上といって間違いありません。
もうひとつのポイントは、作品の複雑な構造です。この作品はメイおばさんがケイトという少女に語って聞かせた話ということになっているのですが、実際の語り手はメイおばさんでもケイトでもない別人です。さらに物語の当事者はメイおばさんではなく、そのおとうと(おとこのこ)です。
こうしたひねくれた構造を提示することによって、メアリー・ノートンは『床下の小人たち』のラスト一行にとんでもない爆弾を仕込んでいます。英国ファンタジー児童文学史上もっとも後味の悪い結末との呼び声も高いこの作品、その結末をばらすことなどとてもできないので、ぜひ手にとって確認してみてください。
(yamada5)
『小人の冒険シリーズ』
メアリー・ノートン著 林容吉、猪熊葉子訳
岩波少年文庫
月
31
5月
2010
ぼくらは海へ
「イチオシの1冊」というお題をいただいた時に、日本児童文学史上最大級の問題作でありながら長らく絶版になっていた作品が文春文庫で復刊されるという嬉しいニュースを聞いたので、その作品を紹介しようと思います。
那須正幹は「ズッコケ三人組」シリーズでおなじみの、日本を代表する児童文学作家です。もちろん「ズッコケ三人組」シリーズは大傑作なのですが、それだけで那須正幹という作家を語ることはできません。長編、短編、ショートショートにノンフィクションと、あらゆる分野にまたがって世代をこえて語り継がれる傑作をものしています。
そういった傑作のひとつが「ぼくらは海へ」です。刊行されたのは1980年1月。文字通り80年代児童文学の幕をこじ開けた問題作です。
小学六年生の少年たちが埋め立て地で子供の力だけで筏を造る物語です。筏作りの模様は非常に緻密に描写されていて、ものを作り上げる楽しみを疑似体験することができます。
しかしこの物語は楽しいだけでは終わりません。少年たちは家庭にそれぞれ複雑な事情を抱えていて、当然の帰結として物語は悲劇に向かって突き進んでいきます。
様々な論争を呼んだ結末については、ここでは触れないことにします。まだ読んでいない方は、文春文庫版でぜひ自分の目で確かめてみてください。30年も昔の児童文学がここまでの高みに達していたという事実に驚かされるはずです。
(yamada5)
『ぼくらは海へ』那須正幹
偕成社文庫(絶版)
文春文庫(2010年6月発売)

