水
01
6月
2011
それでも、日本人は「戦争」を選んだ
学生の時から、日清戦争から始まる近現代史って、好きになれませんでした。
五味川純平さん原作の一連の反戦ドラマ(「戦争と人間」「人間の條件」…)で庶民が理不尽な目に遭うのを見させられたり、戦前の日本女性の地位の低くさに嫌気がさしたり、「自虐史観」を嫌うネオコン系の首長によって「新しい歴史教科書をつくる会」の教科書が公立学校に採択され、イデオロギーが教育の場に持ち込まれてしまうことに憤ったりと、理由はいろいろあります。
なら、なぜ本書を読んでみようと思ったのでしょうか。東日本大震災で福島原発事故が起こった今の日本の状況が「戦前と全く変わっていない」と、多くの人が指摘したからです。国策で原子力開発が進められ、地方の貧しい人々が犠牲になり、逆らう学者や知事は抹殺され、行政と電力会社は記者クラブ等を通じてテレビ・新聞の言論を統制し、事故後も国民には情報が隠され、多くの人(特に子どもたち)が被爆し、外国からの情報に頼らざるを得ない始末。十分な安全対策を取ってこなくても「想定外」と言えば許され、事故のツケは国民に回される……。日本の指導者たちが政策の責任を取らないのは、戦前と同じ原因なのか? 近現代史を振り返るのは気が重いけれど、その理由を知りたいと思ったからなのです。
しかし読んでみると、とても楽しいのでビックリしました。近現代史の本なのに!
その大きな理由は本書が「高校生を相手に討論形式で行われた授業の再録」だからでしょう。学校で教わる倫理や哲学がつまらなかった人も、サンデル教授の白熱教室は面白く見たという人が多かったのではないでしょうか。
さすがハーバードの大学生、堂々と自分の意見を言う姿に圧倒されましたが、本書も負けてません。神奈川県で最も偏差値が高く、東大合格者数が多い中高一貫校の私立栄光学園の、しかも歴史クラブ部員!
「華夷秩序って、どういうものかわかりますか。
——朝貢貿易と同じ?
ああ、だいたいわかっていますね」
「中国側が強かった理由は、もちろん、31年の満州事変以来、日本側のやり方に我慢がならなかったという抗日意識の高まりがまずはあります。それ以外の点でなにがあったかということ、覚えていますか。4章の最後のほうです。ある国が中国を一時支える、とお話しましたけれども。
——ドイツ?
そうです。ドイツは40年9月27日、日本と三国同盟を調印することになる国ですが、38年5月12日に満州国を承認して明確に日本側と手を組むまでは、中国側に最も大量の武器を売り込んでいた国でした」
「それでは、(日清戦争後)国内の政治においてはなにが最も変わったでしょうか。論述ですと、だいたい10文字くらいになるのですが。(中略)
——普通選挙とかそういう……。
そうそう、鋭い。そうなんです。(中略)それではなぜ、中村太八郎や木下尚江は突然、普通選挙が必要だ!と自覚するのでしょうか。(中略)
——三国干渉を受けて(遼東半島を)返してしまった頼りない政府に対して、民意が反映されていないと感じた。
はい、今のが正解です」
教える先生も相当な歴史オタクですが生徒も負けていない。東大教授だろうが山川の教科書を執筆していようが、臆することがない。著者はこの講座をリンカーンのゲチスバーグの演説をもじって「歴史好きのための特別講座」と名づけるのですが、「歴史好きな教師と生徒」の熱気が読んでいてとっても気持が良いのです。
本書が面白い理由はそれだけではありません。
著者はなんと「歴史は科学だ」と教えます。
桜蔭学園というこれまた偏差値の高い女子校出身の著者は、歴史好きゆえに同級生からバカにされたそうです。「歴史は暗記ものだから、覚えてしまえば、なにも考えなくても点数がくる科目だから」と。物理部にも所属していた科学にも明るい著者はさぞ悔しい思いをしたに違いありません。歴史が科学であることを、この授業で存分に証明してみせます。
歴史は一回しか起こらない特殊な事項を扱うので、法則性を見いだせないと思われがちですが、「歴史家は過去のできごとの中から一般性を探す」、「歴史上の人物や事件は、その次に起こる事件に影響を与える」と言い、具体例を挙げます。
ロシア革命を担った人々は、戦争の天才、ナポレオンがフランス革命を変質させてしまったと考え、天才トロツキーではなく、田舎者のスターリンのほうが安全だと思い、レーニンの後継者に選びますが、結果、数百万人が粛清されてしまう。また、アメリカは長らくベトナム戦争の泥沼から抜け出せませんでしたが、それは第二次世界大戦で巨額な対中援助を行ったのに中国が共産化してしまったのを指をくわえて見過ごした痛い経験があったから。
そして太平洋戦争時の日本政府も例外ではありません。戦国時代の超有名な2つの戦いがトップの判断を狂わせてしまいました。そんなバカな! と思うでしょう? でも現に昭和天皇は、近衛文麿首相、杉山元参謀総長、永野修身軍令部総長や、山本五十六連合艦隊司令長官にこの史実を引き合いに出され、説得されてしまったのですよ。どの事件か知りたい人は是非、この本を読んでみてくださいね。
さて、科学論文では正しい方法で実験することが必要ですが、歴史ではどんな方法なら科学的と言えるでしょうか?
それは当時の人々が書いた手紙や日記、地方紙や公文書などの資料の相互比較です。
著者は膨大な資料を、日本語だけで足りなければ、海外の資料も集め、最新の研究論文をふんだんに使って、高校生に紹介していきます。なんて贅沢な授業なんでしょう!
そして新しい資料や研究というのは、今までの自分を否定するようなことも書かれています。
そういう資料や研究を前にした時、真に科学的な人というは「目からウロコが落ちた」と言って驚き、そして喜べる人です。
著者は新資料や学説の驚きを大興奮して生徒に紹介します。その熱気は生徒だけでなく、読み手にも伝わり、「そんなに面白いなら読んでみようか」「こんな面白い資料が読めるのなら、外国語を勉強したり、草書が読めるよう勉強してみようか」という気にさせてくれます。
「私たち歴史家は、クリスマスであれ正月であれお盆であれ、国立公文書館などで歴史史料のマイクロフィルムをジーッと見ているという因果な商売ですが(笑)、台湾総督府や朝鮮総督府で働いていた官僚の人々の職員録という一覧表を見たことがあります」
その学問が好きで、研究する苦労を厭わない先生が、その学問が好きでたまらない生徒を教える。学校でこんな幸福な授業が実現できたらどんなにいいことでしょう。
歴史好きな学生、これから研究者を目指す学生はもとより、教職志望の学生、学校・教育関係者にも是非、読んでもらいたい一冊です。
(山本文子)
『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』
加藤陽子(著)朝日出版社 2009年7月
木
01
7月
2010
フランクリン
イギリスの植民地だったアメリカが独立して「自由平等な国」が生まれました。どうして「王様が支配する国」から「民主主義の国」が生まれたのでしょう?それは……
アメリカ建国=独立の立役者の一人、ベンジャミン・フランクリン(1706~1790)がスーパー科学者だったから
なのです。「科学」と「民主主義」、この二つは実は切っても切れない関係なんですね。真実を追究する「自由」がない社会では「科学」は発達できないからなんです。
貧しい家庭に生まれたフランクリンはアイデアマンで、次々に商売や商品を思いつき、スーパー実業家になるのですが、さっさと自分の商売を従業員に譲って、本当にやりたかった科学研究の道に進みます。優れた科学者として国際的に有名なったフランクリンはアメリカが危機に陥るたびに政治家として担がれて、嫌々ながらイギリスやフランスに交渉に行かされます。
そして交渉のたびに科学者らしい「画期的な政治発明」をして危機を切り抜けます。特に圧巻なのが、独立したばかりのアメリカで州ごとの意見がまとまらず、あわやバラバラになりかけた時にフランクリンが発明した2つのシステムです。
フランクリン、すげー!
って、ワクワクしてしまいます(笑)。そしてそれは物語の世界ではなく、本当に歴史上に起こった事実なんですね。
学校が気に喰わない、親が気に食わない、日本が気に喰わない。若い頃は不満がいっぱいです。でも、そんな時、この本を読んだら「スカッ」とすること請け合いです。
ベトナム戦争やイラク戦争をしたり、進化論を学校で教えないようにする州があったり、サブプライムローン問題で世界経済を混乱に陥れたりと、近頃では嫌われがちなアメリカですが、この本を読めばフランクリンが作った国だからと見直したくなります。「もっとフランクリンの精神に戻ってほしいな」とも思います。そして英語の勉強もちょっとだけ苦痛じゃなくなるかもしれません。
電気の実験の箇所が多少、小中学生(大人にも?)には難しいので「飛ばして」読んでも構いません。残念なことに今は品切れになっていますが、図書館にはありますし(図書館はフランクリンの発明品です!)、インターネットのgoogleブックスでも全文が読めます。
日本で唯一のフランクリン伝記。是非親子で読んでみてください。
(山本文子)
『フランクリン』
板倉聖宣 著
仮説社/やまねこ文庫 1996年(絶版)
金
04
6月
2010
十五少年漂流記 (波多野完治訳)
日本人なら誰もが知っている「十五少年漂流記」ですが、フランス人は意外と知らない人、多いんですよ。
日本人って少年に過酷な試練を与える話が好きですよね。
ガンダムのアムロ・レイしかり、エヴァンゲリオンの碇シンジ君しかり。
子どもを決して子ども扱いしない。そんな日本の伝統は大事にしないといけません。
そして読み聞かせは是非、波多野訳にしましょう。
何より日本語が素晴らしいのです! 淀みない名調子に、自分の朗読スキルがアップしたかのような錯覚を覚えるほど。
さすが文章心理学者だけのことはあります。
翻訳ものって「日本語として、これってどうなのよ!〜」という文章が多くてイラッとします。この文章、どこへ行きたいの? 聞いてる子どもも「?」なら 大人も「??」。
冒険はお話の中だけで十分ですよね。
子どもが最初に出会う物語にふさわしい「美しい日本語」。
是非、親子で味わってほしい名作です (山本文子)
『十五少年漂流記』ジュール・ヴェルヌ (著), 波多野 完治 (翻訳)
新潮文庫

